薮原検校

本日、薮原検校観劇。

大阪までに、「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」を読了。
こーーれが、面白いんだ。
乗り換えを忘れそうになる程面白いんだー。
奥歯を噛み締めながら、「畜生、本谷有希子、前評判どおりめたくた面白いなー」と呻きつつ大阪着。
「薮原検校」は、千秋楽という事があれども、浮かれた空気でもなく、いつも通りといった空気感の中、とにかく久方ぶりの古田さんを堪能。

効きました!

多分、あの人はプラセンタ!(飲んだり注射したりする、現代の若返りの秘薬)
もう、久しぶりだから、濃くて、濃くて。
そして、やはり、見てしまうな。
今回、完全に自覚した。
古田さんが舞台に立つと、確かに視線が引き寄せられる。
あの人は、生粋の「真ん中に立つ役者」だと確信。
10月にケラさんと何事かお演りになりなさるとかで、見たいなと思ってしまう。
それぐらい、今回の役は私好みでした。

あと、田中裕子が妖艶であばずれで、淫乱で可愛くてたまらない!
ドラマなどでも、好きな女優さんだなと思っていたのですが、今回のお市は、もう、惚れずにいられるかってな位の可愛らしさがあって、ぎゅぅっとなった。

あと特筆したいほどに、語りの壌晴彦さんが、凄まじく良い。
500行からなる台詞を、目を閉じたまま朗々と、さりとて押し付けがましくなく、キャラクター性を出さずに、するり、するりと胸の内に入り込む声で語り続ける。
見事だなあ、見事だなぁと感嘆している内に、世界は音によって薮原検校の生きる江戸中期につれてゆかれるのである。
六平さんも愛嬌があって、可愛くて、本当に素晴らしかった。
あの人が笑ったり、泣いたり、凄んだり、表情をクルクル変える様に魅入られました。

そして、段田さん。
あーーー、もーーー、どうしてこんなに怖い人なのだろう。
それでいて、私はこの人の台詞にざーーーっと鳥肌を立てながら、同時に涙ぐんだのだ。
もう、本当に、大好きです。

と言う事で、以下ネタバレにてざーーっと、今思ってることだけ書き出します。
一応舞台が「差別」を主題としている部分もあって、差別用語的なものがたくさん出たりするので、そういうのに敏感な人はお読みにならないほうが良いですよー。
もしかしたら、あとでまとめるかも?








つまり、趣味の悪い世界であったという事は書きたい。
この芝居は悪趣味であるが故の見世物的面白さに満ちていた。

私は江戸の見世物文化の講義を、大学時代に受けていたのですが、見世物というのは「身体障害者」の奇異さを「見世物小屋」にて見世物として観客に見せ、見物賃を取るようなものもあったらしいのですね。
浅草なんかでは、ほんの10数年ほど前なら、まだ、見られたようですよ?
人間ポンプとか、蛇女とか、そういう世界ですね。
まぁ、健全なる市民の方々の抗議活動により「身体障害者を見世物」とする文化は衰退を余儀なくされたのですが、逆に、そのせいで職を失い路頭に迷う方々が、当時はたくさんいらしたとかで(講義でならいました)職を奪うのならば、その後まできっちり面倒見ろよとか思ったりしてしまったり。

江戸時代なんかは、まさに見世物文化が隆盛を極めていた時代でして、盲の登場人物達は、その自分の障害を武器に世を渡り、稼ぎを得、悪に生きたり、勉学に生きたりしている。
そこには、「目が見えなくてかわいそう」なんて言葉が入り込む余地のない逞しさが見られ、主人公の杉の市などは、「目盲」故に悪行を重ね、「目盲」を武器に検校へと上り詰めていく。
その様を、本当に見世物的に、趣味悪く、あははと指を指して笑えと言うが如く軽妙に皆さん演じていて、正直勿体無いとも思ったのですよ。
これほどのキャスティングで、この題材で、これほど軽妙を押し通すのかと。
でも、これは見世物なんだなぁと納得してみれば、この演じ方がもっとも相応しいのかもとも思い、そうなると、やはり、あのラスト。
首を跳ねられた、杉の市の首から血染めの蕎麦がずううるりと滝のように流れ落ちた瞬間、私は息を飲んだ形のまま(というのも、あの天井から吊り下げられていたのがまさか人形だとは思わなかったので)「ああ、この最後が見たかったのだ」と私は、心の中で快哉をあげたのです。
客席がひっと高まり、静まり返るのを肌で感じました。
実際、悲鳴のようなものもあがっていた。
これぞ、祭りのクライマックス。
見世物の華々しき終焉。
祭りの主役になぞらえられた杉の市が、主役らしく最後は、どばっと派手で醜悪な死に方を晒す。
最早、非現実的なまでの、それが尊厳ある人間の死とは思えないほどの、滑稽極まりない、派手な死に様。
血染めの蕎麦が、ながぁく、長く、地面に伸びて、本当に奇妙で異常な光景でした。
そして、その蕎麦を食わせた塙保を思うのです。
花道だと、それが、主役の花道だと血を吐くような声で言った、塙保の声に私は涙ぐみました。
「どうかっ! 蕎麦を腹いっぱい食わせてやっていください!」
額を地面に擦りつけ、将軍に嘆願する塙保が、どれだけ、杉の市を愛し、どれだけ憎悪し、どれ程の思いで、残酷極まりない花道を作ったのか。
その思考回路に、「井上ひさし」という作家の狂気を見出し、恍惚感を伴う震えを体感しました。

もう、段田さんの、しずかで、歪なあの狂気の空気感が、もう、今思い出しても凄すぎて、ああ、見てよかったなぁと、良い芝居を見たなぁと今も充実感を覚えているのです。

首切り役人もね、段田さんがお演りになっていなさって、あすこで、杉の市の首と胴を跳ねるのは、絶対に段田さんでなくてはならなくって、だから、余計に体が震えた。
あれは、役を変えた、それでも塙保だ。

差し向かいになって、杉の市と語り合い、腹に一物隠しながらも語り合い、お互いを認め合いながら、憎みあっていた、不思議な因業の糸に繋がれた、塙保であったのだ。
塙保が、杉の市の首を刎ねたのだ。

自分が、勉学に勉学を重ね、健常者よりもより一層気高き品位を保つ事によって、苦労に苦労を重ね、ようやっと38にして手に入れた検校の地位を、たった27才で、品位もへったくれもない悪行によって手に入れた金でモノにした検校の、その逞しさ、知恵がなくてもここまでやってくる凄まじさ、その全てに対しての塙保の感情は「金のほうが100倍も役に立つものに思えてくる」という笑い声混じりの(そのくせ、ちっとも笑ってやしない)あの呟きに全て籠められているのじゃないでしょうか?

お互いが、お互いにないものを持っていて、お互いが、自分のもっている者で、何とかなろうとしてたし、何とかなってきて、そして盲人達の未来をも何とかしたいと願っていた。
それが私利私欲に尽きるものであろうとも、そうでなかろうとも、何にしろあの二人は正反対でありながら、同じ生き物でもあったように思うのです。

だから、杉の市の首を刎ねたのは、塙保なのです。
塙保しか、杉の市の首は刎ねられやしなかったのです。

悲惨さも、非業さも、因縁因果も全て、軽妙に、趣味の悪い見世物にして、最後、見世物になったまま、派手な花道を見事渡った杉の市に私は喝采を挙げてしまったのです。

ただ、これは、私今回一回だけの観劇なのですが、もう、私的にはね! 一回で充分だと、この濃さ、この世界観は一回の観劇で大満足と確信。
見終わった瞬間から私、頭痛が凄かったんですよ。
激痛激痛。
これを、マッサージや、酒で迎え撃とうとして、見事玉砕したりもしたのですが(完全に酔い酔いになって、トイレでスッ転びそうになったり、電車乗り逃したり散々でした)本当に頭が痛かった。
それぐらい、なんかを吸い取られました。

今日は千秋楽ってこともあって、蜷川さんもいらしてらして、最後舞台に出てきてくださったのですが(古田さんと握手してました)「恋の骨折り損」とお値段然程変わらない(ていうか、向こうのが高い)のが、本気で納得いかないというか、「蜷川さんーー、向こうもちゃんと演出してよね!」とプンプンしてみたり。
や、いいの見せてもらえたので、不満はないんですけどね!(向こうは向こうで、そのグダグダさが、なんか愉快だったし)
今回は、凄く演出も試行錯誤したっぽかったですし、相手が井上ひさしとあって、蜷川VS井上的様相も呈していたようですが、やー、ほんとに、私は好きでした。
セットもね、こう囲ってあって、その囲いの隙間から光が入り込んでいて、照明がふって赤に変わったり、闇の色になったりと変じる様を破れ目から覗く気分が、視界の狭い閉塞感を一層生み出していて、素敵でした。

歌に関しては、えーと正直声量に不満があったりする部分もあるのですが皆さんお上手でしたし、私の中で「スゥイーニートッド」が、ほんっとにワーストぶっちぎりなので、余り気にならなかったり。
六平さんのやけっぱちな歌声が、なんか、よかったなー。
あと、段田さんの歌は可愛い。
なんか、可愛い、飄々としてて、ひょうきんで可愛い。

ギターに関してはお見事というか、最初、かき鳴らされていくあの音の高まりに呑まれ果てました。

なんにしろ、私は好きですねーー
ああ、古田さんを久しぶりに見たので、明日辺り肌が綺麗になってればいーなーと思いつつ、とりとめもなく、帰ってきたばかりの自分の気持ちを、書き散らかしました。

あー、すっきりした!!